朝比奈 誼先生のフランス語にまつわる素敵なお話




セ・サンパ
感じいい!親切!ちょっと贅沢!「セ・サンパ」とパリジャンは表現します。そんなサンパなパリを、ほぼ毎週更新でご紹介しています。
 
トランプ節 2025.7エッセイ・リストback|next

トランプの演説風景 ※画像をクリックで拡大
 清元延寿太夫が歌い始めた常磐津が「清元節」になった。それにならって、Trump大統領独特の語り口をここでは「トランプ節」と呼ぼう。6月29日付の「フィガロ紙」がこれを取り上げた。
 « Caïd », « dingue », « stupide »...Comment Trump a transformé le langage politique en un « Marketing de la parole » 「<ボス><いかれた奴><間抜け>...如何にしてトランプは政治言語をコトバによるマーケティングに変えたか」と題し、二人のエキスパート、アメリカ政治演説の専門家Jérôme Viala-Gaudefroy( Les Mots de Trump『トランプの用語』の著者)---以下、Aと呼ぶ---と、記号論学者Elodie Mielczareck---同じくB---の見解を紹介している。日本の読者にとっても決して他所事ではないので、以下、要点だけを拾っておく。
... « qui a fréquenté des gens de la pègre » et qui a pris l’habitude de parler de manière « assez crue ». Contrairement à un Barack Obama à qui on reprochait d’avoir un langage « ampoulé et sophistiqué »
 「<暗黒街の連中と付き合いもあった>し、<乱暴な言葉遣い>をするのが癖になっている。<仰々しくて気取りすぎ>という非難をうけたバラック・オバマのような人とは正反対なのだ」
 « Ce que ses électeurs aiment chez lui, c’est justement qu’il casse les normes, le fait que ses discours choquent “bien-pensance”* plaît à cet électorat et donne aussi l’impression qu’il est comme eux, c’est-à-dire qu’iI dit des choses hors normes ».
 「トランプに投票した人たちが彼の話で好きなのはまさしく、彼が規範をぶちこわすことであり、彼の演説が<良識*>にぶち当たるという事実が選挙民を喜ばせ、この人は自分らの仲間だという印象、つまり彼は規格外の発言をしているという印象を与えるのだ」
 因みに、<良識>と訳したが、この語の元になったbien-pensant(直訳すれば「正しく考える」)
という形容詞は、20世紀のはじめ、Bernanosのような本気のカトリック作家にとってはローマ教会の教義を後生大事に守って生きる保守派」を意味していたが、世紀末から今世紀にかけて右翼政治家たちがこれを逆用して、反ユダヤ主義・反人種差別さらには、ポリコレやウオーキズムを主張する左翼連中を揶揄し、非難する語に変えてしまった。民主党政権時代に全米各地で高まったウーマン・リブやブラック・マターの運動は、まさにこのbien-pensance(形容詞が名詞に転化)そのものと見なされ、トランプ支持者にとって格好の攻撃目標になったのにちがいない。
 三つ目は、語彙・文法知識のお粗末さは見せかけであること。彼には相応の学歴がある。
...il s’est défendu le 30 décembre 2015, durant sa première campagne présidentielle, d’avoir « un très bon vocabulaire ». « J’ai fréquenté une école de l’Ivy League. Je suis très instruit. Je connais les mots. J’ai les meilleurs mot…Mais il n’y a pas de meilleur mot que « stupide », n’est-ce pas ? Il n’y en a pas. Il n’y en a pas. »
「...2015年12月30日、最初の大統領選挙運動の際に、<とても優れた語彙>を持っていると釈明した。<アイヴィ・リーグの学校に通い、とても教養をつけた。単語も知ってる。最良の語も知ってる...でも、<間抜け>に優る単語はない。違うかい?そうとも、そうとも」
 たしかに、彼はPennesylvania大学の出身で、大学院でも学んだようだが、Carnegie Mellon大学の調査によると、彼の語彙・文法レベルは六年生程度だし、Ouest-France(フランスの日刊紙)によると、今年の1月20日から4月15日までのトランプの発言中、最多の単語はgoingであり、それ以下続くのはpeoples, knows. thank, great, think, like. muchだったという。
歴代大統領の水準との落差が大きすぎるが、これは彼の能力不足でもなければ、とっさに出た態度表明でもなくchoix parfaitement assumé「完全に計算づくの選択」だと、Bはいう。
« Les phrases courtes, le vocabulaire restreint, et la répétition massive empruntent aux codes du parler télévisuel. Il s’inscrit dans une logique performance: ce qui compte, ce n’est pas que ce soit vrai, mais que cela marque. On pourrait parler d’un marketing de la parole, adapté au système 1*, celui de la pensée rapide et émotionnelle »
 「短いフレーズ、狭い語彙、何度も重なる繰り返し、これらはテレビで話す時の作法からの借用だ。彼はテレビ出演者の論理にはまっている。というのも、そこで肝心なのは、それが正しいことではなく、それが視聴者の記憶に残ることなのだから。これは、システム1*、すなわち早くて情緒的な思考に適した、コトバによるマーケティングといってもいいかもしれない」

ダニエル・カーネマン ※画像をクリックで拡大
 *ダニエル・カーネマン(イスラエル・アメリカの行動経済学者)の理論で、人間の思考にはSystème 1とSysteme 2があり、前者はrapide,instinctif et émotionnel「早く、本能的、情緒的」であるのに対し、後者はplus lent, plus réfléchi et plus logique「より遅く、より反省的で、より論理的」であるという。
 彼はtrès「とても」、 totalement「まったく」、vraiment「真に」、extrêmement「極めて」、beaucoup「非常に」といった副詞を矢鱈に使うが、これについてもBはいう。
Ils ne modifient pas le sens, mais servent à renforcer l’effet d’accroche et à orienter émotionnellement le discours. La répétition transforme des énoncés simples en vérités perçues.
 「これらの副詞は意味を修飾しはしないが、キャッチフレーズの効果をつよめ、発言を情緒的に誘導するのには役立つ。反復の結果、単純な発話が認知された真実に変わってしまうのだ」
 最後は、トランプ節が今や一つのブランドになったこと。
 Trump est aujourd’hui une marque politique à part entière avec son logo, ses slogans, ses tics, ses codes et son style langagier. Peut-on parler d’un cas isolé? Il est plutôt le symptôme d’un basculement plus large: celui d’une politique devenue spectacle, où le mot vaut par sa résonance et non par sa justesse. En ce sens, il inspire d’autres figures populistes dans le monde qui reprennent ses codes:attaques contre les médias, adoption de slogans forts, simplification extrême des géopolitiques et internationaux.
 「トランプは今日では完全な政界のブランドで、独自のロゴ、独自のスローガン、独自の癖、独自のコード、独自の言葉遣いを持つ。個別ケースか?というよりもっと広範な転換の兆候だ。ショーと化した政治の兆候だ。そこではコトバの価値は響きの良さできまり、正確さは二の次になる。この意味で、世界中の他のポピュリストたちは彼から感化を受け、彼のコードを焼き直す。すなわち、メディア攻撃、強いスローガンの採用、地政学的・国際情勢における争点の極端な単純化だ」
 日本は参議院選挙キャンペーンの最中だが、広報を見ると、「日本ファースト…」とか、「トランプの移民政策に賛成」などという文字が躍っている。選挙の結果がどう転ぶにしても、トランプ節が日本で流行していることは否定しようがない。


追記  200回を超える既往のコラムの一部を選んで、紙媒体の冊子を作りました。題して「ア・プロポ――ふらんす語教師のクロニクル」。Amazon, 楽天ブックス三省堂書店(WEB)などオンラインショップで販売中です。

— 8月号は夏季休暇につきお休みです。次回は9月号になります。 —

 
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